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  建築物の長寿命化の課題;優良なストックの形成へ向けて
 
 
2001年11月29日 日刊工業新聞

日本建築学会が発刊している「日本の建築;全10巻」に、「第10巻;失われた名建築」という分冊がある(刊行予定)。このシリーズ刊行のために全国の建物調査を始めてから20余年しか経過していないにもかかわらず、学会が評価するほどの価値ある建築が既に幾百棟も消滅してしまった。一般の建物は、「スクラップアンドビルド」がもっと激しいのであろう。日本の住宅の寿命は、たった26〜30年という統計上の数字もある。(米国では40年以上)
最近では新しく建物を造る時にライフサイクルコスト(LCC)を算定するが、いくら正確かつ詳細に算定しても、想定した年数より早い時期に取り壊せば、この生涯コストは全く意味を持たない。
日本では、どうして建物が短期間で取り壊され建て替えられてしまうのだろうか?

建物の長寿命化を問題にする場合、すぐに議論は長寿命化するための技術論や維持管理のシステム論に陥りがちである。技術やシステムが重要であることは当然であるが、この種の議論をいくら繰り返しても、建物が確実に長寿命になる保証はない。
何故ならば、建物を長寿命化するには、技術やシステムで解決可能な問題と技術やシステムでは解決できない問題とがあると考えられるからである。
 今重要なことは、何故日本の建物は長寿命にならないのかを究明し、その一つ一つの原因をじっくりと確実に是正してゆく努力が必要ではないだろうか。

■何故、日本の建築は長寿命にならないのか
原因の一つは、土地に起因する。端的に言えば、土地が動けば耐用年数に関係なく建物が建て替わる傾向が顕著である。
日本では、不動産の価値判断のほとんどが土地に対する評価であって、建物はさほど評価されてこなかった。土地に比較して建物が低く評価されるために、土地の所有の変更、面積の増減、あるいは区画の変更等を契機として、建物は簡単に取り壊され、新築される。
特に、都市やその周辺地域ではこのような土地の動きが激しく、都市計画に伴う指定区域の変更や区画整理、道路の拡幅や付け替え、地上げによる区画の拡大、工場の移転や遺産相続による屋敷の細分化など、建物の建て替え需要が発生する機会に事欠かない。
逆に、都心部であっても土地の区画が明確に固定された場所、即ち土地が動かない場所では、スクラップアンドビルドは比較的少ない。
原因のもう一つは、建物や地域に対する日本人の意識構造にある。
建物を「仮の宿」と軽く意識する傾向、歴史への思い入れの淡白さや伝統に対する執着心の乏しさ、公共に対する秩序感覚の欠如、欧米文化の崇拝を基底とした流行に流され易く新しいもの好きといった性癖などが建物の長寿命化を阻んでいる。
自然災害や火災でいとも簡単に建物が倒壊したり消滅する過去の度重なる経験や、多湿故に手を抜けばたちどころに朽ちてしまう風土が、建物を短命視する意識を醸成してきたのかも知れない。
ヨーロッパでは、第二次世界大戦で徹底的に破壊されたにもかかわらず昔と同じ街並みに復興した都市が多い。しかし日本では、土地所有には絶対的な権利が保証され、公共との調和を無視した利用が許され、伝統を無視した自由奔放、勝手気ままな“自分の建物”を造る。このことは、市民の意識にも問題があるが、個別の建物の設計は出来ても周辺環境には一顧だに与えない建築家にも責任がある。

美しい都市あるいは暮らし易い地域の形成を目指して、将来を見据えた確実な計画を立て、インフラや土地区画の固定化を図り将来に渡って土地が動かないようにすると同時に、「好き勝手」を許さない土地利用の制限や、建物を公共の財産あるいは景観を形作る社会資本と見なす市民の意識構造を変えない限り、いくら長寿命化を叫びそのための技術やシステムを確立しても、簡単に建物をスクラップアンドビルドしてしまう風土は変わらないだろう。

■ 建物の「長寿命」とは何年を意味するのか。
建物の寿命には、「期待値」と「固有値」とがある。
「期待値」とは目標であって、建築学会、BELCA、地球環境・建築憲章、BCSなどの機関では100年(あるいは100年超)、住宅性能表示基準では75〜90年(老化対策等級3等級)、定期借地権契約では60年(RC造など耐久性ある建物の場合)、税法上は60年など、種々の年数が提言されている。
しかし、その数字の根拠や年数に対する技術やシステムあるいは制度上の保証は、断片としてはあるものの全体としての姿が見えず、この寿命を可能にする基準や仕様、表示性能といった実用的な形や数値なっていないのが現実である。
「固有値」とはそれぞれの建物が固有に持つ寿命即ち耐用年数であり、この年数はその建物が立地する自然条件、耐久性を考慮した設計の巧拙、材料の選択、施工の程度、日頃のメンテナンスや予防保全の内容や頻度、利用状況等に依存する。
しかしこの「固有値」は、物理的な耐用年数に関係なく、所有者や利用者の考え如何によって容易に変わってしまうところに問題がある。
現在の技術やシステムで実現可能な確かな年数を目標に掲げて実績で確証してゆくと共に、将来の新素材の出現や技術のブレークスルーを取り入れて耐久年数を伸ばす研究開発を地道に続け、「期待値」と「固有値」とを一致させる努力が必要であろう。
スケルトンに高耐久性を持たせて計画的な改修が実施し易い仕組みを持つ「300年住宅」も提案され、実際に建築されている(写真→建築士;福永博2001.10月号)。

■どうすれば建物の「長寿命化」は可能か
環境への悪影響を避け、限りある資源の保全や有効利用の図るために、建築を「優良なストック」として位置付け、「スクラップアンドビルド」が許されないとすれば、取り得る方策は、「建物を長持ちさせ、長く使い続ける」しかない。ここに建物を長寿命化する社会的意義と目的とがある。
「建物を長持ちさせること」は、建物に耐久性があるかないかの物理的あるいは工学的な問題であり、耐久性に優れた材料の開発や、耐久性に配慮した設計・施工などの技術と維持管理のシステムとに依存する。
「建物を長く使い続けること」は、「人の決断」であり、要は「考え方」の問題である。所有者と使用者とに建物を長く使い続けようとする強い意識を持つことが必須であり、同時に両者の協調、共演とによって成就するものである。
同時に、税制や融資制度など制度上の支援が必要であり、建物の流通を促進する健全な中古市場の整備と育成が望まれる。
所有者が替わっても長く使い続けてゆくには、建物に関する諸々の情報、即ち建物の竣工時の情報は勿論のこと、改修や修繕の履歴情報や売買時点での公正で正確な建物の評価情報が誰にでも分かる形で公開されなければならない。

建物を長寿命化するには、「筋がよく、明解な設計」でなければならない。基本となる構造体は、力の流れが明解でありかつ寿命期間における耐久性が保証された材料で構築されていること、空間には余裕を持たせて将来の機能変化に柔軟に対応できること、修繕や改修がし易いことが必要不可欠である。難解な設計は、建設時における工事や作業を混乱させ施工ミスを生じかねないだけでなく、将来に渡る維持管理や修繕、改修をやり難くする。
長持ちする建物を造るには、「丁寧に施工する」という一言に尽きる。現存する多くの古い建物がこの事実を証明している。しかし、予算と工期とに縛られるとこれがなかなか難しい。最近の低価格志向の趨勢は、粗悪な建物を量産しかねない危険性をはらんでいる。「スクラップアンドビルド」の悪循環や資本の浪費を避け、子孫へ良質の財産を残すためには、長寿命化に要するコストを国あるいは国民それぞれが負担しなければならない。
建物を長持ちさせるには、日常のメンテナンスは勿論、予防保全的な修繕や改修が欠かせない。計画的な維持管理と予防保全にはFMシステムの利用が有効であり、最近の建物ではこのシステムを装備することは常識になっている。

何よりも先ず建物が長寿命であるためには、建物の所有者は勿論使う人からも社会からも、「感動を与える建築」、「愛される建物」、「親しまれる建物」であり、取り壊そうとすれば周りが黙ってはいないという「社会的存在価値」を持たなければならない。
(タイセイ綜合研究所 理事 林 俊雄;工学博士)

 
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