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主任研究員 柳澤 孝次
阪神・淡路大震災で被災した建物の中には、神社や仏閣に代表される伝統木造建築の類が数多く含まれていました。当時の調査では約1770件と報告されています。
この件数は社寺の数で、被災した棟数で数えるともっと増えてきます。その中には文化財も多く含まれています。
伝統木造建築はRC造や鉄骨造・住宅とは異なり、耐震基準がはっきり決まっていないため建築基準法の木造2階建てに準ずるか、宮大工の経験にお任せという状況でした。そこで、この種の被災建築の復旧では構造技術者をはじめ宮大工たちが、壊れ方や今までの知識からいろいろな耐震方法を工夫し、復旧を行ってきました。私もそんな中の一人として活動してきた立場から、伝統木造建築の将来を考えてみたいと思います。
1950年(昭和25年)に制定された建築基準法により、過去の震災、戦災、大火等の経験から市街地では不燃化が求められ、木造は外壁不燃化の制限ができました。さらに、木造では3階以上、延面積500?を越えるもの、高さ13m、軒高9mを越えるものという条件に一つでも該当する場合は構造計算が必要になり、従来大工さんが主体となって支えてきた伝統木造建築は建てにくくなりました。
結果として伝統木造建築の需要が減り、林業の方向と形態にも変化が現れ、大木を手に入れるのが難しくなり、材料のコストも上昇してしまいました。当然需要が少ないので伝統木造の耐震や材料の研究はRC造や鉄骨造に比べ急激に減り、木造といえば住宅に絞られるような状況となってしまいました。さらに伊勢湾台風の後、1960年に行われた日本建築学会の大会では、声明として「木造建築禁止説」が出されようとする危機に至った事もあります。
しかし、約半世紀近く続いた伝統木造建築に関する研究離れも阪神・淡路大震災の復旧問題と最近の地球環境面からの木造建築の見直しによって、少しずつ回復する兆しがあります。
ここ数年、日本建築学会の大会論文も木質系に係わる論文件数が倍増している感じです。大きくは住宅系と伝統木造系とに分けられますが、伸び率は同じようです。会場でも若い研究者が増えてきているのが目立ちたのもしく感じております。
伝統木造建築は材料、仕口、架構とどの面でもRC造や鉄骨造とは全く異なります。材料は自然の素材ですからばらつきが多く、材種や含水率によって強度も大きく異なり、異方向性もあります。さらに腐朽という問題も持っています。仕口は極力金物を避け、組みものにホゾや楔が中心で、「めり込みによるエネルギー吸収」も研究の余地のあるテーマです。架構は貫を中心とする軸組みで、壁は土壁ですからかなりの変形まで追随します。木造建築はどの部分を取り出しても研究すべきテーマは沢山あります。
材料の供給という面では戦後植林したものが成木となり、山には植林をする場所もない状況です。そこで今ある成木を建物に使用し、CO2をその中に封じ込め、伐採したところに新たに植林していけば地球環境の面でも大いに貢献できます。
建築はそもそも住人がその土地の材料を使って「すまい」を築いてきた文化です。住居や社寺などの木造建築は人間に優しく環境にも好ましい姿ですので、それを建設する技術とその文化を次世代に伝えて行くのが我々の役目だと思います。
復活の兆しのある伝統木造建築を推進する一人として、その将来を大いに期待します。
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