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理事 林 俊雄
「スリランカに一度は行ってみたい」という淡い想いはあった。目的はただ一つ、広大なインド洋に金色の巨大な夕陽が沈む荘厳な一瞬を見たいがために。
幸いにもスリランカの遺跡調査団編成の話があり、仲間に入れていただいた。公立研究機関の研究員、建築家、建築評論家、写真家、カラーコーディネーター、大学で教えている先生と女子学生を加えた多士済済の15名。好奇心の強さには負けず劣らずの気概を持ち、珍しいものへは金に糸目をつけない購買力の旺盛さは並大抵ではない。専門知識は勿論のこと雑学に関しての大家が揃い、移動中はもとより現地での薀蓄の披露を聞くだけでも結構楽しく賑やかな旅でした。以下はその旅行の印象記と見聞きしたことの報告。
■ 印 象 記
□ 時差3時間は意外にきつい
この程度の時差は無理なく慣れると思っていたが、染み付いた体内時計と強制的に意識する現地時間との葛藤で頭は朦朧となる。これは意外であった。アメリカやヨーロッパのように夜と昼とが逆転する時差は、一種の開き直りで数日経つと切り替えられるが、時差3時間という中途半端な時間差は頭と体には意外にきつい。
スリランカ滞在中は、現地時間午後8時から10時頃まで夕食、呑んでから午前0時過ぎに就寝、翌朝午前6時か7時に起床というスケジュールで行動する。スケジュール上では6〜7時間の睡眠が取れる。これを日本時間に直すと午後11時から午前1時まで夕食、就寝は午前3時、起床時間は午前9時か10時という時間になる。しかし、海外にいる興奮もあり体内時計は日本時間のままで、いつもの起床時間午前6時には目が冴えてくる。即ち、現地時間で午前0時就寝、午前3時には目が覚める。足し引き寝ている時間はほとんどない、という結果になる。
□ 伝え聞く「スリランカの政情不安」は全く不安なし
スリランカは政情不安で危険との情報を聞く。事実、数年前までの北部では独立を求めたタミール人の激しいゲリラ闘争が頻発したが、現在は停戦中で安全かつ平穏。確かに、北部山岳地帯の主要道路を車で走ると、要所要所に砂を盛り上げたバリケードがあり車は徐行を余儀なくされる。その両側には土嚢を積み上げたトーチカがあり、迷彩服の兵士が機関銃を向けている。この情景を見ると危険と誤解しかねないが、特に差し迫った緊迫感はない。首都でも主要な公共施設以外銃を持った兵士の姿は見ない。
□ 遺跡を語る年代は三つの年代だけ
スリランカは紙の文化が発達せず、遺跡や岩窟に描かれた絵や文字以外に歴史を実証する史料がほとんど残っていない。古い歴史に関しては、学術的に精密な研究もなされていない。どの遺跡を訪れても、ガイドが語る遺跡の年代は遠い昔の伝聞を元にした約2200年前、1800年前、500年前という三つの数字しか出てこない。
□ 宝石は非常に安いしデザインもいい
ルビー、サファイア、アレキサンドライト、キャッツアイが主。ダイヤは産出しない。イヤリングや指輪などの加工品と原石とを販売している。品質保証をする宝石店では、表示価格の7〜8割が相場。うまく値切れば半額程度にまでなる。原石は安いが、購入しても日本での加工賃が非常に高いので、出来上がった宝飾品を買う方が結局は安上がり。
□ 一度でも人間に触れた象は二度と野生には戻れない
普通の道路を走っていても、野生の象が時々見られる。群れや母親から離れた子象は生きることが出来ないため、はぐれた象の収容所を国家の事業として運営している。「子象の孤児院」という観光名所になっている。風光明媚な川で水浴びをする20〜30頭の象の群れは壮観。一度人間の臭いがつくと群れには入れてもらえないため、収容された象は再び野性には戻れない。成長すると、人を乗せる観光用か物を運ぶ使役用として売られてゆく。
■ 人々と風俗
□ “ベッカム美男”と“サリー美女”
男性は、色は黒いがカンダーラ彫刻の顔つきで目鼻立ちが整い“黒いベッカム”。女性は、この哲学的な顔つきに加えて胸が大きくスラリとしていて、サリーを着た姿は後ろからでも大変魅力的。サリーの着付けでは、臍上三寸ほどの肌が見え艶かしい限り。老いても銀髪色の頭毛豊富にして、薄い人や禿げた頭はほとんど見かけない。羨ましい限り。
□ サリー;長さ7メートルの一枚の布から成る衣服
スリランカ独特の女性の正装。高齢の女性は普段着として着用している人も多い。サリーと同じ生地で作った上半身をピッタリと包む下着(半袖のTシャツを臍上10cmでカットしたようなもの)を着用した上に、巾2m長さ7mの一枚の布だけで体全体を覆う。最初腰から垂らす襞(ひだ)を作り、体を覆いながら巻いてきた布を絞りながら最後の2〜3mでもう一度襞を作り、これを胸前から肩越しに背中に垂らす。布地の色と縁の刺繍とのコンビネーションが素晴らしい。ほとんどの日本人観光客は、サリーを試着しても写真を撮るだけで買う人はいない、との事であったが、今回の旅行のメンバーは4着(枚)も購入した。店員もガイドもびっくり。途端に店員の愛想が非常によくなった。
□ スリランカではハダシ(裸足)に限る
コロンボのような大都市では靴を履いた人が多いが、ちょっと街を離れるとほとんどの人が裸足かサンダル履き。仏教、ヒンズー教を問わず寺院に参詣するには裸足にならなければならない。ホテルのボーイも裸足、床も裸足仕様ですべて30cm角のタイル張り。至るところ裸足仕様になっている、と言っても過言ではない。裸足は、今の日本人にとってはチョット抵抗感があるが、サンダル履きは風土に合って気持ちよく下足に便利。旅行中サンダル履きで通したが、現地の案内人に間違われた。
□ 集落の宗教はすぐにわかる
宗教は、仏教(最大人口)、ヒンドゥー教、キリスト教、イスラム教で、各宗教で居住地域が明確に分かれている。居住地の中心地には、必ず比較的大きな釈迦像、シバ神の像、キリスト像が祭ってある。イスラム教は偶像崇拝を認めていないため偶像はなし。キリスト教地域ではクリスマス商戦真っ盛りで、飾り付けがけばけばしい。暑い南国でのサンタクロース像(人形)には違和感を覚える。
□ 熱帯のオーバーコート
紅茶の栽培に適した山岳地帯(高度2000m)はかなり涼しく、朝夕は17〜18℃程度まで下がる。日本人には全く寒いとは感じないが、熱帯地方の人々はとても寒さ嫌いで、高原都市の警察官はロシア警察が着ているような毛織の丈の長いオーバーを着ている。
□ 懐かしい三輪車「ミゼット」のような三輪タクシー
運転手が前に座って運転し、乗客は後ろの2席に座る。大都市と地方を問わずいたるところに走り回っている。値段は交渉(らしい)。かなり安く100円程度でほとんど間に合う。
□ 遊んでいても生きてゆける生活
バナナ、ココナッツ、椰子の木を数本所有していればそこそこの収入があり、あくせく働かなくても自然の産物だけで生きていける。豊かな自然の恩恵で、飢えることがない。一生懸命努力しないため近代工業が起こらない。DIYでも造れそうな住宅はほとんどが平屋。躯体は鉄筋なしの巾20cm程度の煉瓦造。屋根は、お金の乏しい家は椰子かバナナの葉を葺き、金持ちはオレンジ色のオランダ瓦を葺く。このオレンジの色調が、熱帯雨林を背にした風景としての南洋を醸し出す。間取りは大きな居間の周りに家族数に応じた寝室と厨房、風呂場(シャワーのみ)とトイレは別棟。
■ 食べ物と飲み物
□ セイロンで飲む紅茶は非常に美味しい
スリランカで飲む紅茶、特にミルクティー、これはうまい。但し、ミルクは日本でいう“コンデンスミルク”に近い。日本の軟水では風味がうまく出ないとのこと。世界に出回る紅茶はスリランカで生産した紅茶を一度ロンドンに集め(下関の河豚みたい)、ブレンドして世界各地に輸出する。時間が経って香りはかなり落ちるし、ブレンドするので風味はかなり違ったものになる、との話。
□ 食べ物について;個人の嗜好が大きく影響するので話半分。
食べ物には熱帯地方独特の香辛料が必ず入っていて、非常に辛いかくどいほどの甘さ。香辛料の独特の香りが強烈。当初は異国情緒に香るが、数日すると鼻につく。和食のような中間の微妙な味はない。醤油の味が懐かしくなる。
□ カレーの国セイロン
レストランやホテルには常に、味が微妙に異なる三〜五種類のカレーが用意されている。ご飯、パン、ナンにつけて食べる。全体にかなり辛い。最初は物珍しさもあって食べられたが日本のカレーとは全く違う味で、数日後はもういいって感じになる。
■ 宿 泊
□ ホテルはコテージ
ホテルは、椰子が茂る広い敷地に平屋の一軒家あるいは連棟のコテージが普通。間取りは10畳程度の居間兼寝室とクローゼット、トイレとシャワールームだけの簡単な間取り。玄関はなく庭に面した間口2mほどのテラスから直接出入りする。天井は高く切妻勾配“桟瓦”直仕上げ。床は全て30cm角のタイル張り。壁にはイモリ。蚊取り線香を各部屋に装備。音の煩いクーラーがあるが、夜は冷房をしなくても暑くもなく寒くもなく快適。電力会社からの給電は10時頃に停電するが、すぐに自家発電に切り替える。シャワーは太陽温水器の生温い湯で、熱湯は出ない。但し、首都コロンボのヒルトンホテル(大成建設施工)は全くのアメリカンスタイルの都市ホテル。
□ 熱帯にいることを実感できるホテルの大食堂
両側に細い柱が並び、天井は非常に高く、切妻“瓦裏”直仕上げ。建具は全くなし。開放的で気持ちのいい空間。昼もいいし、夜の照明での雰囲気もいい。正装の必要なし。
□ 早朝の散歩
早朝、ほろほろ鳥が鳴く。椰子の木が茂りハイビスカスや南洋特有の花が咲く庭を散歩するのは、気持ちがいいという感情を通り越して感激に浸る。
■「ガイドから聞いた話」
□ 国名を「セイロン」から「スリランカ」に変更してから経済が落ちた。昔のまま紅茶、ココナッツ、天然ゴム、宝石など第一次産業で成り立っている。先進工業国になる機会を失い、その結果綺麗な空気と豊かな自然が残り、これを売りにした観光立国を目指すが国内紛争のために停滞している。紛争の原因は、紅茶産業という。
□ オランダ人がココナッツのプランティーションに失敗し、その後侵略したイギリス人が、山岳高地で紅茶のプランティーションに成功する。この時高地の寒さを嫌って茶摘みをしないセイロン人(シンハラ族)に変わって、インドからタミール人を連れてきたために、現在の北スリランカの紛争がある。
□ 大統領の家と首相の家とが大昔からの怨念の戦いを続けている。現在、次期国会議員の選挙戦中。街頭演説には聴衆が集まらない、超人気歌手を呼んでイベントを餌に人集めをする。即ち、金持ちしか選挙に出られない。
□ 象の性格
その1;黒砂糖が好物。これを狙って民家を襲うことがある。家屋を破壊し人を殺すこともある。但し、襲撃してくる時の音が大きいため、人が殺されることは滅多にない。
その2;象は所有観念がはっきりしている。一度象に与えたものは決して触ってはいけない。これを知らない人が、象に与えたものを落したために拾ってあげようとしたら、鼻でぶん殴られて大怪我をすることがある。
その3;象は非常に執念深い。象に追われて木の上に逃れても、その人が降りてくるまで何日でもその木の周りを回っている、とのこと。
■ 最後に;インド洋の夕陽のこと
遺跡の多くは北部あるいは中部の山岳地帯にあって旅程のほとんどは、野生の象は見えても海を見る機会は全くなかった。
スリランカを離れる最後の日、深夜出発の帰国便を待つまで滞在したホテルは、まさしくインド洋の波が砕ける気だるい音が聞こえる海岸にあった。夕陽は、海に一丈の黄金色の帯を煌かせ、洋上はるか遠くの積乱雲を茜色に染め上げて、ゆっくりとしかし確実にインド洋に沈んでいった。
夕映えが消えあたりが闇に包まれるまで、身じろぎもしないで海岸に佇んだ三時間と“荘厳な落日”の一瞬に、10日間の旅が凝縮された。(現地日没時間午後6時22分)
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